登場人物詳細と配置と意味合い

◇作中登場人物の配置
 作中には主人公である浅田リョウの他に、数名の登場人物が存在する。ここでは彼等の中でも主だった人物を挙げ、初登場するSceneごとに分けた上で、その配置と大まかな意味合いについて、本作の製作時に想定されていた裏設定まで網羅して解説する。

・a prologue - 追跡してくる女性
 最後まで言語らしき物を口にせず、ひたすらに主人公を追いかけてきた、通称「イカレ女」。その容姿について、作中では『暗がりの為に顔はよく見えない。長身の女。年は解らない。このじめついた夏の夜にも関わらず長袖のスーツらしき物で全身を覆っている』と説明される。
 彼女について、Scene1における浅田リョウは『あのイカレ女にどうしようもない恐怖を感じている』、『その恐怖感は、なんて説明したらいいのか正直わからない。無理やり言語化するなら、生理的嫌悪感に近い』とその印象を語っている。
 彼女は、一体浅田リョウにとって、もしくはこの物語においてどういった存在なのだろうか。追跡者であるという事、そこに議論は傾きがちだったが、もちろんそれだけの存在ではない。浅田リョウが「生理的嫌悪感を感じる」物であるという事、そこが肝要だ。
 彼女はこの時期の浅田リョウにとっての全般的な恐怖、嫌悪の象徴と言える。Scene4 マンションで、最後まで追い詰めてくるのも彼女だ。恐怖を感じるものであり、なおかつ追いかけてくるもの。ここには様々なメタファがある。どこまでも追ってくるということがどういうことなのか、それが浅田リョウにとって何を意味するのかが読み解きの鍵となる。Scene1では『あの女から逃げ切る。シンプルな答えのはずなのに、どうしてか絶対に不可能なような気がしてきてしまう。でも、負けるわけにはいかない』とも発言しており、挫けそうになりながらも立ち向かう意思は確認できる。
 裏設定では、受験のストレスに苛まれている浅田リョウにとって、追いかけられる、追い詰められる、挙句の果てにはマンションから「落ちる」等々、現在精神的に一番直視したくないものとしての役割を考え、製作された。

・Scene1 住宅街 - 小柄で活発な女性
 逃避行の途中で出会う快活な女性は、しかしながら、やはりどこかしら奇妙だった。ジョギングの途中とも思われる軽装で現れた彼女に、一方的に問い詰められ困惑する浅田リョウ。助けを求めるものの、失敗に終わる。
 このサイトの『裏設定等』「ゲシュタルトの祈り」の項でも多少触れてあるが、彼女の全ての言動は、「ゲシュタルト療法」におけるセラピーの手法に基づいて行われている(浅田リョウの認識に障害が生じているため、中々そうは見え辛くなっているが)。一見、悪意しか感じられない彼女だが、その実、彼女の存在そのものは浅田リョウへの救いの手だった。しかしながら、浅田リョウはそのか細い糸に気づかず、振り切ってしまった。

・Scene3 再び住宅街 - 少年達
 恐らく本作で、後述する少女と並んで一番難解な存在と思われているのが彼等だろう。夜の校内で「イカレ女」に追い詰められつつも、辛くも脱出に成功した浅田リョウが、深夜の住宅街の中で突然遭遇するのが、この奇妙な子供達だ。
 浅田リョウは、年端のいかない彼らにもまた、『年端も行かない、おかしなガキが、今、震えるほど怖い』と、恐怖心を感じている。しかしながら、この恐怖心は、先に「イカレ女」に感じていたものとは根本的に異なる。「生理的嫌悪」を感じ、とにかく逃げるしかなかった「イカレ女」に比べ、こちらには「否定する」という意識が働く余裕がある(否定しきれずに屈しそうにはなったが、最後の判断はプレイヤーに委ねられる)。
 また、彼らの言葉は確かに難解に見えるが、注意深く読み解くと、言っている内容はたった一つに集約されていることに気づくはずだ。
 耳慣れないような言葉を操り、もしくは人を食ったような態度で初対面の浅田リョウに接する彼らは、脈絡なく、整合性もなく見える。しかしながら、彼らもまた、浅田リョウに手を差し伸べようとする存在だった。
 「安全な場所」を知っているからついて来いと促す彼等。その手を取るのか、振り払うのかを決定するのはプレイヤー自身の意思だ。

・Scene4 マンション - 少女
 他の登場人物に比べると、その登場や佇まいには独りだけ明らかに違う空気を纏っているのにも関わらず、あまり話題に上らないのがこの少女である。「Scene5 夕暮れ」に登場する、浅田リョウの恋人である「アキコ」と同じシルエットを持ち、また、「私的取材メモ4」にも、同じシルエットがライターの前に登場する。
 マンションで浅田が出会う少女はどのような人物なのか。見ず知らずの(しかも深夜に自宅マンションの部屋の前にいる)浅田リョウに対し、限りなく親切な少女。メモ「後日、署内某所にて」と「事故調査まとめ」からは、「浅田リョウと同じ高校」に通い、「マンションの住人」であり、「警察に通報した」人物となっている。
 末期まで崩壊が進行した浅田リョウの認識の中で、彼女もまた救いの手を伸ばす。その好意に甘えるのか、それとも遠慮するのか、その判断もまたプレイヤーに委ねられる。彼女の好意は何から出発したものだったのか。悪意によるものだったのか、それとも純粋な善意によるものだったのか。それとも、全ては浅田リョウの妄想に過ぎないのか。
 初対面であるはずにもかかわらず、浅田リョウが「■しい人」と思う彼女については、これ以上語る必要もないだろう。



◇各登場人物のアレゴリー
 主な登場人物たちには、それぞれの役割を通じて小さな寓意を持たせてある。これは作品を読んだだけでは判読しかねる部分なので、裏設定に当たるだろう。寓意はキャラクターごとの容姿や、浅田リョウがそれぞれの人物達に感じる印象に副う形になっている。

・笑いながら追跡してくる女性 → 母親(反抗期における脱却対象)
・道中で出会う小柄で活発な女性 → 自己分析or自己批判
・住宅街で出会う少年達 → 純粋理性
・マンションで出会う少女 → 思春期の不安定な精神

 また、こちらも裏設定として、「女性→女性→少年→少女」という順序で浅田リョウが出会っていくのも、『母親→他の成人女性→友達→異性』という、少年が生まれてから関わっていく、周囲の人々との出会いの過程を想定したものとなっている。



◇人物ごとの徒然
 ゲシュタルト崩壊の登場人物には全てモデルが存在している。この項では、そのネタばらしも含め、上の項では触れられなかった謎の解説を少しだけ行う。肩の力を抜いて読んで頂ければ幸いだ。

・追跡してくる女性について。
 神出鬼没な彼女だが、注意深く読めば、所々でその様子に違和感を感じるだろう。いくら走りまわって撒いても、突然目前に現れることもあれば、かなり近い位置にいたのにも関わらず素通りしていってしまう等、行動に一貫性が無い。これは多くのプレイヤーの方がお気づきの通り、「女性」は独りではないためである。「ゲシュタルト崩壊」によって、ちょっと背格好の似通った人物(それはもしかしたら既に女性ですらないかもしれない)は全て「イカレ女」として認識されてしまっていた、というのが実情だ。
 申し訳ないが彼女のモデルについては非公開とさせて頂く。個人的にあまり愉快な記憶ではないので。

・小柄で活発な女性
 ハイテンションで喋りまくる、中年に差し掛かったエネルギッシュな女性、それが彼女だ。登場回数は僅かに二回だが、一部で熱烈なファンがつく等、不思議な存在感を示していた。カウンセラー(もしくはセラピスト)としての役割を持たせたつもりだったが、実際は程遠く、電波なおばちゃんとして頑張っている。
 モデルはある女性。私(後藤あきら)の知り合いの男性が熱烈にアプローチされてすっかり参ってしまい、相談された経緯がある。モデルとなった女性もやはり終止ハイテンションで、実にパワフルな人だった。一方、惚れやすくもあり、誰にでもそれなりに笑顔で付き合う知人の男性もうっかり惚れられてしまったのが運の尽きだった。

・少年達
 彼らについては『裏設定等』の、「◇オマージュ1 『月光症候群』」で詳しく触れたので、そちらを参照のこと。モデルになった人物についても、そちらに詳細な記述がある。
 「ゲシュタルト崩壊」のシナリオ執筆時、一番楽しかったのが、彼らと浅田リョウの奇妙なやり取りの部分だった。そのためか、必要以上に長くなってしまったきらいもあり、反省している。

・少女
 天使なのか悪魔なのか分からない、可憐な少女。浅田リョウ、そしてライターの両名共を間接的にせよ沈めたとも言え、「ゲシュタルト崩壊」の裏ボス的キャラクターである(流石に冗談だが、某所でそのような指摘があった。曰く、アキコ黒幕説だそうな)
 少女と浅田リョウとのやり取りを「(シナリオライターが)ギャルゲーのシナリオを書くための練習みたいだ」と指摘された方がネットでいらっしゃったが、鋭いご指摘だと思う。とはいえ「練習」をした訳ではもちろんなく、ここは、『浅田リョウの願望』が表出した、と捉えて頂きたかった。恋愛に慣れない浅田リョウにとって、「女の子」に優しくされたい、という、ある意味で自然な願望が、都合よく現実を捻じ曲げて見せていた(ありていにいえば妄想である)ということ。ご都合主義の塊である「ギャルゲー」の様式は、この事情における表現方法として最適という判断から採用された。中々このくらいの深さまで考察してくださる方がいらっしゃらなかったので、そこは少し残念に思っている。


モドル