◇作品におけるキルケゴールの影響 サブタイトルに『The Sickness unto Death(死に至る病)』と、代表著作名を掲げていることを挙げるまでも無く、本作品はセーレン・キルケゴールの思想と方法論に多大なる影響を受けて製作された。 本稿では、その多岐に渡る影響のうち、プレイヤーに見過ごされがちだった、作中で使用された楽曲との関係に焦点を絞り、解説していく。 ◇楽曲名とキルケゴールの著作名 「ゲシュタルト崩壊」で使用された全楽曲はキルケゴールの著作名から楽曲名を得ている。(エンディング・テーマである『dendrite』は、antihoneyさんからの外部提供なのでその例ではない) 以下は楽曲名と、対応する著作名。 ・死に至る病 → 『死に至る病(1849年)』 ・反復 → 『受け取り直し(1843年)』 ・断片 → 『哲学(的)断片(1844年)』 ・業 → 『愛の業(1847年)』 ・恐怖と戦慄 → 『おそれとおののき(1843年)』 ・不安概念 → 『不安の概念(1844年)』 ・不安概念 reprise → 『不安の概念(1844年)』 ・野の百合、空の鳥 → 『野の百合、空の鳥(1849年)』 また、『レギーネ・オルセン』という楽曲のみ、著作名ではなく、実在の人物名から採用されている。理由は以下の項目で述べる。 ◇楽曲と作中場面の関連性 「Scene4 マンション」にて初めて流れる『レギーネ・オルセン』という楽曲だが、ここには一つのメタファーが秘められている。レギーネ・オルセンとは、キルケゴールの婚約者の名前である。キルケゴールは、1840年にレギーネに求婚し、彼女もそれを受諾するのだが、その約一年後、何故かキルケゴールは一方的に婚約を破棄している。この婚約破棄には様々な理由が考えられるのだが、現在まではっきりとは分かっていない。 主人公である浅田リョウと、浅田リョウが思いを寄せている(らしい)少女と同じシルエットを持つ彼女との出会いは、浅田リョウに数瞬の休息を与えるが、最終的には悲しい結末が待っている。この楽曲はその関係を婉曲に示唆したものである。 他にも取るに足らない程度だが、幾つかの楽曲とその使用されている場面とは、相互の関連を考えて楽曲は作られている。 著作『野の百合、空の鳥』はキルケゴール晩年の作品であり、その第二部には「野の百合や空の鳥と同じように神に養われている人間存在の素晴らしさを自覚して、人間であることに満足するように促す」というような、キリスト教的悟りに基づいた内容が訥々と語られているが、当時、全く人々に見向きもされなかった。ある種の諦観と、皮肉な周囲の反応と。「ゲシュタルト崩壊」の中で使用される『野の百合。空の鳥』は、本作を完全にクリアした後にタイトル画面で流れる楽曲だという事をここに書き留めておく。 モドル |